2年弱前のことです。栗原市花山のある会で旧山古志村に研修に行きました。今回の大震災でそのことを思い出しています。
山古志村の区長他村民の生きる力、そして、元村長(現国会議員)の長島忠美氏の新潟中越地震後の避難指示から復興の采配は今回の大震災でも生きています。
2004年新潟中越地震。山古志村は壊滅状態。全村避難。3年間の避難生活後村に戻ったのは村民の75%。戻らなかった村民も大半が長岡市在住。
住民だけでなく、牛もヘリコプターで確か400回位運んだと思いますが運び避難させました。
(この写真は記念碑にあった写真を撮ったものです)
全村避難、そして再興が成功したのは、長島村長の強いリーダーシップと住民の熱意と協力、そして、合併が決まっていた長岡市の全面協力、国の支援がうまく働いた結果です。
例えば、土砂ダムで水没した地域の復興です。道は元のあった道を復旧させたのではありません。高いところに移しました。
土砂で埋まった家の向こう高台に見えるのが新しくできた家です。自力で立てることができた人、公営住宅に移り住んだ人様々ですが安全な場所に移住しました。
この災害を後世に伝え、また、支援いただいた方への感謝をこめて碑がありました。
土砂で埋まった一軒一軒の屋号が書かれています。
①首長の決断(予算の裏付けなくともまず行動)②役所や住民の情熱や結束力(必ず村に戻る)③長岡市、新潟市、国の協力・・。
今回の大震災で参考になります。
「首長の権限を強化、県や国はそれをバックアップ」今回改めて感じさせられました。
首長は役所の皆さん、自衛隊や消防署、警察、道路、電気、ガス、水道、医療現場、学校現場・・官民を問わず現場はボロボロになるまで頑張っています。でも国はどうですか?
福島原発の収束作業も現場はボロボロです。でも東電幹部や国の原子力関係者はどうですか?
そして、気になるのが、地方も国も議員の影が薄いことです。首長や役人や公務の方以外では目につくのはNPO等ボランテイア団体の活躍です。点数稼ぎに公費で現地に行く議員はいますが・・。村や市会議員が超党派で町の具体的な復興プランをつくり条例や特区を作る・・。国に働きかける・・。こんなことは議員の仕事ではないのですか?地元のことをわからない学識経験者の集まりよりよっぽどいいのではないですか?
6月5日投票の選挙のある地域もあるようです。未来に夢を描ける人、そして、危機管理といざと言う時動ける人を選んでいただきたいと思います。